万葉集より
- 梅の花 折りてかざせる 諸人(もろひと)は 今日の間は 楽しくあるべし
荒氏稲布[巻五─八三二] - 八千種(やちくさ)の 花は移ろふ 常磐なる 松の小枝(さえだ)を 吾は結ばな
大伴家持[巻二十─四五〇一]
- 巨瀬(こせ)山の つらつら椿 つらつらに 見つつ思(しの)はな 巨瀬の春野を
坂門人足[巻一─五四] - 春されば まづ三枝(さきくさ)の 幸(さき)くあらば 後にも逢はむ な恋ひそ吾妹(わぎも)
柿本人麿[巻十─一八九五]
- もののふの 八十(やそ)乙女らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子(かたかご)の花
大伴家持[巻十九─四一四三] - 春の野に すみれ摘みにと 来(こ)し吾ぞ 野をなつかしみ 一夜宿(ね)にける
山部赤人[巻八─一四二四]
- 見渡せば 春日(かすが)の野辺に 霞立ち 咲きにほへるは 桜花かも
詠み人知らず[巻十─一八七二] - やまぶきの 立ちよそひたる 山清水 汲みに行かめど 道の知らなく
高市皇子[巻二─一五八]
- 霍公鳥(ほととぎす) 来(き)鳴き響(とよ)もす 岡辺なる 藤波見には 君は来じとや
詠み人知らず[巻十─一九九一] - 霍公鳥 鳴く声聞けや 卯の花の 咲き散る岡に 田草引く娘女(をとめ)
詠み人知らず[巻十─一九四二]
- あじさゐの 八重咲く如く 弥つ夜(やつよ)にを いませ吾背子 見つつ偲(しの)はむ
橘諸兄[巻二十─四四四八] - あかねさす 紫野行き 標野(しめの)行き 野守(のもり)は見ずや 君が袖振る
額田王[巻一─二十]
- 夏の野の 茂みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものぞ
坂上郎女[巻八─一五〇〇] - 紅(くれない)の 濃染(こぞめ)の衣 色深く 染(し)みにしかばか 忘れかねつる
詠み人知らず[巻十一─二六二四]
- わが屋戸(やど)に 蒔きしなでしこ いつしかも 花に咲きなむ 比(なそ)へつつ見む
大伴家持[巻八─一四四八] - ことに出でて 言はばゆゆしみ 朝貌の 穂には咲き出(で)ぬ 恋もするかも
詠み人知らず[巻十─二二七五]
- 高円(まと)の 野辺の秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ 見る人なしに
笠朝臣金村歌集[巻二─二三一] - をみなへし 咲く沢に生ふる 花かつみ かつても知らぬ 恋もするかも
中臣女郎[巻四─六七五]
- 三栗(みつぐり)の なかに向へる さらしゐの 絶へず通はむ そこに妻もが
高橋虫麿[巻九─一七四五] - めづらしき 君が家なる 花すすき 穂に出づる秋の 過ぐらく惜しも
内舎人石川朝臣廣成[巻八─一六〇一]
- 秋山に 落つる黄葉(もみちば) しましくは な散りまがひそ 妹があたり見む
柿本人麿[巻二─一三七] - 玉櫛笥(たまくしげ) 見む圓山(まとやま)の さなかづら さ寝ずはつひに 有りかつましじ
藤原鎌足[巻二─九四]
- 笹(ささ)が葉の さやく霜夜に 七重(ななへ)著(か)る 衣に増せる 子ろが肌はも
詠み人知らず[巻二十─四四三一] - この雪の 消残(けのこ)る時に いざ行かな 山橘の 実の照るるも見む
大伴家持[巻一九─四二二六]